第7話「親不孝者」
[box03 title=”第7話「親不孝者」”]あの頃のジャニーズ 夢と彼女とジャニーズと [/box03]
高校1年の3月になると益々学校へ行くのが嫌になった。
「高校2年になる前に学校を辞めて働こう! 」と思った。
いつまでも嫌々通うより、働いた方がよっぽど楽しい。
自分で生計を立てて、一人暮らしをしたい。
そう決断して思い切って親に告白する事にした。
1階の応接間に丁度両親がいる。
「ちょっと話しが有るんだけど」
と面と向かって座った。
母親は不思議そうに見ている。
一呼吸置いて言った。
「学校を辞めて叔母さんの店で働きたい! 」
一瞬の静寂のあとに親父が厳しい口調で言った。
「何を馬鹿な事言ってるんだ!! 」
殴られると思ったが、それでもひるまず言った。
「学校を辞めて働きたいんだ! そして1人で生活していきたい!」
すると突然、母親が泣き出した。
予想外の反応に面食らった。
親父は冷静に言った。
「お前を高校に入れるのに100万以上かかったんだ! 辞めたいなら今ここに100万円置いて学校辞めて家から出ていけ!」
と言われた。
返す言葉が無かった。
両親は共働きで、決して裕福な家庭ではない。
高校の入学費用に掛かったであろうお金も、苦労して出した金であろう。
スゴスゴと退散せざるをえなかった。
自分の愚かさ、情けなさ、惨めさ、浅はかさに落ち込んだ。
部屋に戻り自分のダサさに憤慨し、どうすることも出来ずにギターを掻き鳴らした。
思い返せば、物心ついた頃には母親は働いていた。
毎週木曜日の休み以外は毎日帰宅するのが夜の8時頃だった。
それに合わせて夕飯にするので我が家は夕飯が遅かった。
明治生まれの祖母が健在で、家に帰るといつも、時代劇や相撲を見ていた。
小学校低学年の頃は母親がいない寂しさがあったが祖母がいつも面倒を見てくれていた。
毎日、祖母が夕飯を作っていたが煮物や炒め物は旨かったが、ラーメンやスパゲッティは酷かった。
ラーメンはうどん風に、スパゲッティは焼きそば風になってしまうのだ。
そのせいも有り、小学校5年生位から自分でラーメンやスパゲッティを作るようになった。
マンガの本やテレビを参考に作ると、思いのほか、美味しく出来上がった。
その為、食べる事に関しては不服はなかったが、母親がいない寂しさは拭えない。
ただ子供心に自分達を育てる為に、「苦労して働いてくれている」と言う思いが強く残っていた。
その「母親を泣かせてしまった」と言う事が心に重くのしかかった。
懐かしい「田原俊彦」さんの歌声は↓コチラから
懐かしい「近藤真彦」さんの歌声は↓コチラから