Johnny's

第32話「ジャニーズジュニアのルール」

たけJI

[box03 title=”第32話「ジャニーズジュニアのルール」”]あの頃のジャニーズ 夢と彼女とジャニーズと [/box03]


当時テレビ東京の番組に出演していた、ジャニーズ少年隊の「松原康行君」は『3年B組貫八先生』のオーディションに受かり、生徒役でドラマに出演するためにジャニーズ少年隊から抜けたと言う事に表向きはなっている。

詳細についてはここでは避けたいが、多感な年頃だけに恋や仕事や社会情勢、事務所との兼ね合いが絡んでいたようだ。

変わって入った「ヒガシ」こと「東山紀之君」は、受験の為に活動を休止していたが、受験が終わり松原君と交代するようにタイミング良く復帰した。

スポーツ刈りでアイドルと言うよりはスポーツ選手のような雰囲気である。

「ヒガシ」と「ニッキ」はダンスも上手く、身体能力が高く、競うようにバック宙をしていたが、「かっちゃん」はバック転がやっとだった。

しかし追っかけの娘達の断然人気は、「かっちゃん」だった。

少年隊がレッスンに来る日は大勢のファンが来ている。

その日は20人程のファンしかいないのでジュニアしかいない日である。

僕はテレビ朝日の敷地内に入った。

入ると直ぐに右側にある3階立てのプレハブの資材置き場のような建物の階段を登った。

正直テレビ局には似つかわしくない建物だ。

3階まで登ると重い鉄の扉を開ける。

「おはようございます!」と挨拶をして中に入って行く。

昼間でも薄暗くちょっと埃っぽい広いリハーサル室と言う名の稽古場だ。

10人前後のジャニーズジュニアのメンバーが「おはようございます!」と挨拶した。

稽古場を突っ切った奥に給水機があり、その奥にトイレと畳が敷かれた8畳程の更衣室があった。

そこでスウェットに着替え稽古場に戻る。

まばらに固まって談笑しているメンバーは僕より先に入っていた先輩と言う事になる。

しかし、明らかに歳下の先輩にどう話しかけて良いか解らない。

相手が中学生でも、先輩と言う事になるが敬語を使う気にはならない。

同じジャニーズジュニアなのだから、そこまで気を使う必要は無いだろう。

そんな事からかジャニーズジュニアの「ルール」とも言うべきものに「君づけ」がある。

ジャニーズジュニアは基本的に皆「君づけ」けで呼ぶ。

年上の後輩、年下の先輩と言う間柄、「さん」より「君づけ」で呼ぶ方が対人関係に支障をきたさないからであろう。

さんを付けて呼ぶのは、ジャニーさんやテレビ、マスコミ関係者や先生と呼ばれている人達であった。

因みに、大先輩である「田原俊彦さん」は「俊ちゃん」、「近藤真彦さん」は「マッチ」、「野村義男さん」は「ヨッちゃん」で統一されていた。

少年隊の「錦織一清君」は「ニッキ」、「東山紀之君」は「ヒガシ」、「植草克秀君」は「かっちゃん」もしくは「植草君」(君づけしない人も多くいた)

シブがき隊の「薬丸裕英君」は「やっくん」、「本木雅弘君」は「もっくん」、「布川敏和君」は「ふっくん」と当時のジュニア内で呼ばれていた。

当時まだ、デビューをしていなかった「大沢樹生君」は「ミキオ」もしくは「大沢」、「内海光司君」は「内海」もしくは「きのっぴー」

普通の中学生だった。

ガヤガヤした雰囲気を一変させるように、ドアが開きフルフェイスのヘルメットを被って革のツナギを着た細身の人が入ってきた。

「おはようございます!! 」

と皆一斉に立ち上がり挨拶をした。

ジャニーズジュニアのダンスの先生「ボビー吉野」先生だった。

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