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Johnny's

第46話「ジャニーズ少年隊ジュニア」

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第46話「ジャニーズ少年隊ジュニア」

あの頃のジャニーズ 夢と彼女とジャニーズと 



その日、稽古場に行くと、1時前だと言うのにすでにボビーさんもジャニーさんも来ていた。

ジャニーズジュニアの大沢樹生君、中村成幸君、宇治正高君、内海光司君の4人だけがレッスンを受けていた。

遅れた訳ではないが、僕はその雰囲気にレッスンに遅れたような気になり、急いでレッスン着に着替えた。

着替え終わると稽古場の端の方でストレッチを始める。

1時になり、ジャニーズジュニアが揃った所でジャニーさんが説明を始めた。

「来月からシブがき隊の番組がテレビ東京始まる事になったから! 」

ジュニア達の目が輝いた。

「 ユー達みんな踊って貰うからね!」

と言った。

ジュニア達の中にざわめきが起こる。

先にレッスンをしていた、大沢君、中村君、宇治君、内海君をジャニーさんが指さした。

「彼たちは、ジャニーズ少年隊ジュニアと言うグループを結成してレギュラーで番組に出るから」

そう言った。

その後、石川博文君が加入してイーグルスとして翌年デビューする事になる。

その頃、バックで踊っていたジャニーズジュニアが、鈴木則行君、正木慎也君、柳沢超君、平本淳也君、小暮毅君、三好圭一君、石川博文君、江端郁巳君、江端郁世君、前田直樹君、内海裕一君、牧村稔君、石丸志門君、石井哲也君、らであった。

当時はジャニーズジュニアの全体の人数が40人位だった。

その中でも、シブがき隊や少年隊のバックで踊る事が出来たのはその半分の20人位である。

誰がデビューしてもおかしくはない状態だった。

テレビ局のプロデューサーの目に留まるか、ジャニーさんが推薦するか、である。

ワンチャンスで、誰でもグループに入れるような状況だった。

因みにジュニア同士が君付けで呼ぶ習慣は、年下でも先にジュニアに入っていたり、先にデビューする事もあるからだ。

デビューしたタレントをジュニアが呼び捨てには出来ない(聞こえが悪いのでジャニーさんが嫌がった)

年齢の上下関係なく先輩でも後輩でも君付けで呼ぶ事が多かった。

勿論、強制ではない。

僕は年齢が上と言う意識が強く皆を呼び捨てにしていた。

一通り説明が終わり振り付けが始まる。

だが、その前に「位置決め」と言う作業がある。

1列目が「ジャニーズ少年隊ジュニア」の4人である。(その前にシブがき隊が歌って踊るのだが)

2列目には当時1番しっかり踊れていた鈴木則行君を筆頭にジャニーさんとボビーさんが立ち位置を決めて行った。

この位置決めはかなり重要でジャニーさんの思惑が反映されていた。

次に売り出したいと思っている子や、お気に入りの子は当然テレビ映りの良い位置に持ってくる。

ボビーさんは全体のバランスを見てジャニーさんと相談する。

踊っている最中でもジャニーさんは「ユーはここに来て!」と位置を変える事もあった。

大体の隊列が決まった。

僕は3列目の真ん中で踊る事になった。

この後、少年隊、田原俊彦、近藤真彦、シブがき隊のテレビやコンサートで踊っていたが、ジャニーズジュニア時代に真ん中で踊ったのは後にも先にもこの『レッツゴーアイドル』1回だけであった。

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ABOUT ME
たけJI
たけJI 別名:@moonwalker_take。 54歳、2児の父親離婚バツイチ現在独身。 50を過ぎて、未来の自分のために、今までお世話になった方々のために、ブログを通じて夢見る人生を生きていく事を発信していきたいと思います。